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5話-1 帝都の街。

last update Last Updated: 2025-04-06 20:00:53

* * *

翌日、高級な馬車の中でフェリシアはちらりと前を見る。

いつもと表情が変わらない銀の長髪の冷酷なエルバート。

なのに今日は貴族衣装姿で、よりいっそう輝き、美しく見える。

自分もリリーシャにお化粧と髪を整えてもらい、

大げさなドレスではないとはいえ、身の丈に合わない勿体ない程の華やかなドレスを着ていて、緊張と共に気持ちがふわふわする。

嫁いだ日はディアムが御者を務める馬車で一人きりだったけれど、今は同じ馬車でエルバートと向き合って座っていて、

なんだか夢を見ているよう。

「こうして馬車に乗るのは久しぶりだな」

「そうなのですか?」

「あぁ、登城も馬だが、呼ばれて出向く際も常に馬で移動している」

(ご主人さまは軍師長。馬の方が乗りなれているのはなんら不思議ではないわ)

「その、居心地、悪いですか?」

フェリシアは恐る恐る尋ねる。

――いや、お前と乗る馬車は新鮮で悪くはないな」

深い意味なんてないのに。

(そんなふうに言われたら、照れてしまう)

* * *

しばらくして帝都に着くと、エルバートが差し出した手に自分の手を添え、馬車を降りる。

帝都は自分が住んでいた場所とは比べ物にならない程、華やかで思わず眩暈がしそうになった。

「行くぞ。絶対に俺から離れるな、良いな?」

「は、はい、かしこまりました」

フェリシアはエルバートの隣をおずおずと歩き始める。

エルバートからは魔除けのネックレスやドレス、そして料理のお給金まで得ていて、貰いっぱなし。

だからせめてこのお給金で何かお返し出来たら良いのだけれど。

そう考えていた矢先、貴婦人達の声が聞こえてきた。

「皆さま、ご覧になって! エルバート様よ!」

「まあ、花嫁候補のご噂はほんとうだったのね」

「けれど、直に婚約を破棄されるわね、可哀想に」

――あぁ、お返しなどと考えていた自分が恥ずかしい。いつ婚約を破棄されてもおかしくない身だというのに。

「何か食べたいものはあるか?」

(食べたい、もの…………

フェリシアの視界にカスタードクリーム入りのパイとスープが入る

あ、美味しそう。けれど、エルバートが食べるとは思えない。

「あれが食べたいのだな」

「パイとスープ、2人分貰おう」

エルバートはお金を手渡す。

「エ、エルバート様!? こんなに頂けません!」

女主人が声を上げる。

「いいから貰っておけ」

「有難う御座います」

女主人がお礼を言う。

「ほら、食べるぞ」

「は、はい」

周りが騒然とする中、フェリシアはエルバートと店の前で共にパイを食べ、スープを飲んだ。

「美味しかったか?」

緊張で、あまり味が分からなかっただなんて言えない。

「あ、はい。ご、ご主人さまは?」

「不思議と美味しく感じた」

意外な答えに驚くも、

エルバートと再び歩き出す。

すると本屋が目に入った。

本屋には色々な本が置かれ、料理の本もあった。

興味はあったけれど、その隣の新聞のようなものの方が気になってしまう。

(ご、ご主人さまが載ってる…………

エルバートは、ふぅ、と息を吐く。

「魔を祓いに出向いた際のものだ」

「気にするな」

そう言われると、逆に気になってしまう。

欲しいとはとても言えないけれど、

やはり、エルバートは雲の上のような人だと、改めて思った。

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    フェリシアは左側から席に着き、ナプキンは2つに折り、輪を手前にして膝にかけて待つ。するとやがてエルバートの母の執事による豪華な肉料理のフルコースが始まり、白ワイン入りグラスは親指から中指の3本で持ち、薬指で固定して飲み、バラの花びらのような生ハムトマトの前菜はナイフとフォークを外側から使い、美しさを楽しむよう、いっぺんに崩さないように左側から少しずつ食べ、クリームスープはスプーンを手前から奥へ動かしてすくい、パンは手で一口大にちぎり、そのパンに少しずつバターをのせて食べ、肉料理である牛フィレのパイ包み焼きは左側の端から食べやすい大きさに切りながら頂き、デザートの華やかなケーキは固かった為、ナイフで切り、食事が終わると、ナイフとフォークを揃え、皿の右下へ置き、ナプキンはテーブルの右側へ無造作に置いて、左側から退席した。こうして、食事マナーも無事に終え、最後の料理作りとなり、フェリシアはアマリリス嬢と共に広間から台所へとエルバートの母の執事に案内され、それぞれビーフシチューを作り始める。ブラン伯爵邸の台所もまた厨房のように広かった。食事マナーを終えた時、エルバートとディアムは見守ってくれていたけれど、エルバートの両親、アマリリス嬢はまたどこか驚いた様子だった。きっと上手く出来ておらず、呆れていたのだろう。そして最後の料理作りは毒や不正が働くのを考慮し、先にディアムとエルバートの父の側近、続いてエルバートとエルバートの母が順に食べ、最後にエルバートの父が食べることになった。だから、(料理を教えてくれたリリーシャさん、そして何よりこのビーフシチューの料理を認めてくれたご主人さまに決して恥をかかせる訳にはいかないわ)そう思っていると、アマリリス嬢が話しかけてきた。「フェリシア様はやはりお料理手慣れていらっしゃるわね」「え?」話しかけられると思っていなかった為、フェリシアは驚く。

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   11話-1 初めての感情。

    ――そして、まずはエルバートとアマリリス嬢が踊ることとなり、不安げなフェリシアの袖を掴む手に触れ、見えないように優しく下ろすと、エルバートはアマリリス嬢の元に向かう。すると、エルバートの父が広間に軍楽隊を呼び、その弦楽器の美しく優雅な演奏と共にふたりは踊り始める。エルバートの踊る姿を初めて見たけれど、惚けてしまうくらい美しく、かっこいい。それにアマリリス嬢も引けを取らず、エルバートと息がぴったりと合っている。(雲の上のようなおふたり。ほんとうに絵になるわ…………)やがて、アマリリス嬢とエルバートが踊り終え、フェリシアはエルバートの元まで歩いていき、向き合った状態で足を止める。けれど、緊張で足がすくんでしまう。(せっかくクォーツさんにダンスの特訓をしてもらったのに。こんな足でちゃんと踊れるかしら…………)そう、足に目線を向けながら不安に陥った時だった。「……フェリシア、こちらを見ろ」エルバートに小声で話しかけられ、顔を見る。それだけで不安が一瞬にして消えた。「……私がリードする。だから安心して身を任せろ」「……はい」同じように小声で返すと、エルバートが手を差し出す。フェリシアはその手に自分の手を添えた。それを合図にアマリリス嬢の時と同じ軍楽隊による弦楽器の優雅な演奏が始まり、共に踊り始める。そうして少し慣れた頃、エルバートの手が腰に触れ、顔がぐっと近づく。お互いに見つめ合うと、離れ、踊り続ける。ほんの一瞬顔が近づいただけなのに、顔が熱い。(リードするってご主人さまおっしゃっていたけれど、こんなの身が持ちません)そう思いながらも、不思議と嬉しさの方が勝る。

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   10話-3 生家へ。

    すると煌びやかな広間のソファーに華やかな女性が座っていた。その女性はエルバートの母から以前見せてもらった新聞のご令嬢に似ており、フェリシアは息を呑む。「アマリリス嬢、なぜここに?」エルバートがそう問いかけ、もしかして、と心の中で一瞬思い浮かべたアマリリスの名が確信へと変わり、本物のアマリリス嬢なのだと理解した。「テオお父様に呼ばれましたの」アマリリス嬢が答えると、エルバートの母の執事が口を開く。「旦那様、エルバート様がご帰省なされました」広間は静寂に包まれ、コツ、コツ、と重い足音が響き渡る。マントを靡かせ、貴族服を着た凛々しき男性、エルバートの父であるテオ・ブランが中に入って来た。髪は長くないものの、エルバートと同じく、美しい銀色の髪をし、顔もエルバートによく似ている。「エルバート、やっと帰省したか」「父上、これは一体どういうことだ?」「私を騙したのか」エルバートは冷ややかな強い気を放つ。しかし、エルバートの父は動じない。「こうでもしないと、お前、帰省しないだろう?」「同じ伯爵の身分だった時はここで共に暮らしていたが、戦闘での活躍が認められ、公爵の位をもらい、家を出て屋敷を構えたきり一度も帰省しなかったお前が悪いのだ、反省しろ」「ご主人さま」フェリシアが声をかけると、エルバートは冷静になる。そして何食わぬ顔をして中に入って来たエルバートの母を一瞬、睨む。「虚言だと分かった以上、すぐにでもこの場を離れたいところだが」「ここまでして私を帰省させた誠の目的はフェリシアだったのだな」(え、わたし……?)「エルバート、さすがは察しが良いな」「フェリシアさんに一度会いたく、お前に連れてこさせたのもあるが、1番はお前の花嫁候補を、この家の当主である、テオ・ブランが正式に決める為だ」エルバートの父の目的を知っ

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